遅れてるなんてもんじゃない、日本の英語教育、ここが変!その②

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こんにちは、Yuriです。

前回の記事で、現在の(昔のじゃないですよ?w)びっくりするような日本の英語教育の現状について書きました。(読んでない方は先にそちらをお読みください)

遅れてるなんてもんじゃない。日本の英語教育、ここが変!その①
こんにちは。英会話講師のYuriです。 実は私、日本の英語教育にとお~っても憤ってます。 ...

読んでいただけた方は、いかに今の日本の英語教育が、お粗末で効果がないことをしているかということを、わかってもらえたのではないかと思います。

今回は、じゃあ一体どうすればいいの?っていうことなんですが、

まずは、「国の政策としてどうすべきか」ということですが、

そうは言っても、すぐには政策は変わらない(2024まで?w)ので、

「私ならどう提案するのか」ということについて書いていきたいと思います。

子供達は学びたがっている

geralt / Pixabay

まず最初に言っておきたいのは、

子供達は皆、学びたがっている

ということです。

本当ですよ?

子供達は何でも吸収したがってるんです。

その知識欲は膨大です。

子供たちの知識欲を見くびっては(underestimate)いけません。

そして、その知識欲を妨げないようにしてあげることがまず第一に必要だと思います。

私が感じるだけなのかはわかりませんが、皆さん子供(だけじゃなく大人も)の能力を低く見すぎていると思います。親御さんしかり、先生しかり、教科書や教育に携わっている政治家や役人の皆さんしかり、本人しかりです。

昔から「どんなコンピューターよりも人間の脳は優れている」って言われてるじゃないですか?

子供の脳なんていったらもう、どんどん物を覚えて、どんどん成長したがっているんです。本気で何かを学ぼうと思ったら、すごい勢いで何でも覚えますよ?

最近はAI(人工知能 artificial Intelligence)の発達が著しいので、だんだん人の優位性(superiority)も失われつつあるような気はしますが(ちょっと怖いです)、でもそれでも人間の脳の可能性はいまだ未知数であり、全てを解明されてはいません。

ほとんどの人間は脳の10~20%ほどしか使っていないと言われています。この話もどこまで本当かわかりませんけどね。

話がずれました。

子供たちは実は皆、色々な事を学びたがっている、という話です。

こういう話を保護者に話すと必ず、

「いや~、そうはいってもうちの子はバカだから・・」

とか本当にバカな事を言う親が相当数います。

その一言が、子供を「自分はバカだから勉強できないんだ」と洗脳し、親御さん自身をも「うちの子は勉強できない」と洗脳しているんです。

皆さん、ご自分のお子さんに同じようなこと言ってませんか?

もっと、自分の子供の能力、可能性を信じましょう。

勉強ができない(と思ってるだけ)お子さんには、

「やれば絶対できるのに、もったいないよね~。」

言ってあげてください。お願いします。

子供は物を覚えるのが大好き

小学生ぐらいの子供たちは、物を覚えることが大好きだし、非常に得意です。

国旗と国の名前とか、虫の名前とか、ポケモンのモンスターの名前とか、親でも覚えきらないような凄い量のデータを実は覚えていたりすることありますよね?

子供ってそういう生き物です。

この時期に、どんどん色々な事を覚えさせてしまうことは、とても有意義で効率的な事だと思います。だからこそ、日本では算数の九九を2年生で暗記させているんだと思います。

ほとんどの日本人が九九をちゃんと覚えますよね?大人になっても忘れませんよね?

漢字もそうです。私たちはひらがなとカタカナと漢字という、世界でもまれに見る3種類のタイプの違う文字を組み合わせて言葉を操ります。

これってすごいことらしいですよ?

でも、それを身につけるのにそれほどは苦労した覚えありませんよね?

確かに受験のために難しい漢字を覚えることは大変だったかもしれませんが、そのような難しい漢字は別にして、普通に本を読んだり、ニュース記事を読んだりするために必要な漢字はほとんどの国民が皆、身につけていると思います。

そんな日本人が、英語という単なる一つの異なる言語を習得することにこんなに苦労しているのは、本当におかしな話なんです。

明らかに、遅れた政策のせいだと思います。

もし本気で、日本人が英語を自由に使えるようにしたいのであれば

他の科目と同じように、英語も小学校の1年生から科目に加えるべきだと私は思います。

こういう話をすると、必ず「英語より日本語を覚えるのが先」とかいう、全く意味不明なことを言う人たちが出てきます。この理論、全く理解不能です。

この話について先日私がつぶやいたのがこれ。

国籍の違う夫婦に育てられた子供は、普通にバイリンガルになります。

ましてや、家では普通に日本語しか使わないのであれば、学校でどれだけ英語を勉強したとしても、それが母国語に影響するとか、全くありえないと思います。

(家で親子関係が崩壊していて全く会話をしない、とかいう特殊な事情は考慮しません。)

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私が考える小学校の英語の教育モデル

私がもし、小学校から英語を導入することを任されたとしたら(絶対にされないけどw)、まず最初に、普通に小学校1年から、英語の授業を取り入れます。

例えば1年次ではアルファベットとフォニックス、簡単なやり取りと基礎的な英単語(名詞を中心)を学ばせます。

これってそんなに大変な事ではないと思います。

普段私がスクールで週一で教えてる子供たちには、全員最初の1~2か月のうちに、基本的なフォニックスを暗記させます。

「A ア ア apple」とかいうやつです。

*厳密には「ア」ではなく、発音記号の”æ”なので「ア」と「エ」の中間のような音になります。

最初のうちは生徒たちは「絶対無理~!」とか、必ず言いますが、ほぼ全員が1か月以内に暗記します。クラスメートがいれば、競ううようにして本当にあっという間に覚えてしまいます。

すると、テキストに書いてある知らない英語の単語が読めるようになるので、子供たちは面白がって、解読を楽しむかのようにどんどん読んで、どんどん覚えて、あっという間にテキストを読むことが苦ではなくなります。

そうなったらもうこっちのものです。

子供たちは、自分が「できた!」「自分すごい!」と思うことが大好きなので、成長が加速化していきます。

このいわゆる

「報酬回路」

覚えた→できた→褒められた→嬉しい→もっと頑張ろう

とも言うべき状態を最初に作ってしまえば、もはや英語は彼らにとっては難しいものではなくなります。

でもこれを突然、もうすでに思考回路や勉強法が出来上がってしまっている中学生になってから、1から教え込もうとしたら、それは至難の業です。

勉強という枠組みの中で読み書きは習得できても、子供のうちだからこそ効果的な、反復練習で身につける英語の音やフレーズはなかなか入っていきません。

これが、私が英語は早いうちから始めるべきだと思う理由です。

ただ、早いと言っても未就学児から始めることには、私は懐疑的です。その時期はやっぱり、母国語の基礎を作ってあげた方が良いのでは?と個人的には思っています。

実際そこまで早く始めても、後から始めた子に追いつかれたりしてしまうことがほとんどです。

英語の習得は楽器の習得と似ている

常々私は保護者に対して言っているのは、

英語の習得は、楽器の習得と似ているということです。

楽器を弾ける方ならわかると思いますが、ピアノを弾きこなせるようになるのに何年かかりますか?

私は叔父と母が音楽家だったこともあり、小さい頃からピアノを習っていましたが、毎日1~2時間練習するのは当たり前の事でした(ちょっと辛かったけどw)。それを10年以上続けてやっと本当に弾きたい曲を弾けるようになります(一部の天才は除きます)。

私の場合は、けっこうさぼっていたこともあり(笑)高校生ぐらいだったでしょうか。大好きなドビュッシーの曲が弾けるようになったあたりから、どんどんピアノを弾くのが楽しくなりましたね。

英語もこれと同じ習得タイプだと思います。でも、ピアノほど時間はかかりません。

特に日本に住んでいると、ほとんど英語を使う場面には遭遇しません。ですから、持続して学び続ける必要があります。楽器を習い始めるのって結構早いですよね?英語も同じです。

そのために基礎は小学生くらいから、お遊びではなく、しっかりとしたカリキュラムで勉強科目にしていくべきだと思います。

以上のことを考えても、

最低でも小学3年生ぐらいから、今の中学生がやっている内容と同じレベルのことを、教えるべき

だと私は思います。

学校では発音記号も筆記体も教えない

もう一つ、驚いたことがあります。

最近の中学生(高校生含む)が学校で習う英語の中で、

発音記号も筆記体も教えていないのを知っていましたか?

もう本当に驚くことばかりです。

筆記体はまだしも、発音記号は教えないとダメでしょう。

フォニックスを教えないのに、発音記号も教えず、どうやって単語の発音を覚えるんでしょうか?とりあえず学校や塾で、出てきた単語を電子辞書やネットで調べて一つずつ覚えたとしても、テストで知らない単語が出てきたらどうするんでしょうか?

こんなに、逆に英語を習得するためのハードルを上げて、どんどん中学生が英語が嫌いになっていくのが目に見えるようです。

この結果、結局は私立の学校や塾や予備校で習わないと不利になるため、どんどん教育にお金がかかることになります。

おまけに、そんな苦労してまで入った大学では、受験戦争からの解放感のあまりまるで人生のゴールかのように、勉強を忘れて遊びまくります(私もそうでしたw)。

決して今の日本も経済は良くありませんし、平均的な世帯収入も高くないのにもかかわらず、これでは本当にお金の無駄遣いです。

早く国をあげて、きちんとこの問題に取り組んでもらいたいと切に願います。

また、思いついたことがあったら記事にしよう思いますが、一応ここまでにします。

Yuriでした。

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コメント

  1. まるまる より:

    こんにちは
    私は英語教育について学び始めたばかりの学生ですが、
    yuriさんのおっしゃる通り現英語教育にはおかしな点が多いです。
    いろんなことを論じてもみたく思いますが、今の英語教育で最も足りていないと感じるのは外国語教育を教える’意味’だと思います。

    文化というものは、我々が住まう環境を制限します。
    日本で育ち、日本語しか話さない日本人は、日本の文化という壁に囲まれています。
    英語を話せるようになっても、この壁の中からは抜け出せません。
    英語の文化を理解して初めてこの壁から抜け出せる(あるいは壁を知る)ことができるのだと思います。

    「アメリカでは家の中で靴を脱ぎません」なんてよく聞きますが、この理由を教わったことがありません。英語教育において文化は重視されていないためだと思います。
    教科書にいろんな人種が登場する理由も、人種ごとに価値観が違う理由も教えません。
    教育の範囲外だから自主学習してください、ということでしょうか。
    普段から英語を耳にしない生徒が、テストにもでない海外事情を自ら調べようとするでしょうか。子供たちは知識をすぐに吸収しますが、異文化理解の面白さを与えられる経験がないので、外国に対する意欲性は育ちにくいはずです。

    おそらく日本の英語教育問題は莫大なお金がないと解決できません。
    2020年に大きな変革がありますが、教育予算が増える兆も皆無です。
    教育に強い関心と知識を持つ親が、自らの子供達にに異文化に触れる機会を与えてやれればいいのではないでしょうか.

    • yuri より:

      おっしゃることよくわかります。
      文化と言葉は切り離せないものなので、一つの言語を本当に良く理解するには文化を知る必要があります。
      日本は長く、島国で独自の文化をはぐくんできた歴史があるために、外部の文化を深く学ぶことに今まであまり積極的ではなかったのかもしれません。実際、一生の間に外国の人と会う機会を一度も持たない人も日本にはまだ多くいると思います。でも、もうそんなことを言っている場合ではないと思います。

      >教育に強い関心と知識を持つ親が、自らの子供達にに異文化に触れる機会を与えてやれればいいのではないでしょうか.

      これは、親の財力と知力によって子供のレベルの差が大きくついてしまいますし、自分の子供だけが良ければ良いと思う親が増えたら尚更教育制度は変わりません。やはり義務教育自体の底上げをして欲しいです。そのためには国がしっかり教育の予算を組んだ上で、大きな発想の転換が必要だと思います。国は出来ない理由をあげつらうより、先入観をなくしてまずはきちんと取り組んで欲しいですよね。

  2. たか より:

    長くなるので分割します。

    ーーーー
    ここまでの歴史についてご存知でしたか?

    これ、他国の歴史ではありませんよ。
    これ、日本の歴史ですよ。

    もしご存知なければ逆に話しが早いです。
    GHQは何をしたのかというと、

    何もしないようにしたのです。

    上述の歴史を知らなかったように、歴史の勉強も、英語の勉強も、意図的に実のない内容にし、国力を落とすことにしたのです。
    そして、その策を継承する人たちにより、ゆとり教育という物まで生まれたのです。

    ゆとり教育を推したのは文部省です。
    教員を管理しているのは日教組です。

    海外で教育を受けている人たちは最低でも2ヶ国の言葉を話せます。
    例え後進国でもです。

    それなのになぜ先進国である日本の英語教育がお粗末なのかというと、身については困るからです。
    島国で穏やかに過ごさせるためです。
    例え海外でどんなことが起こっても。
    日本にどんなことが起こっても。

    ーーーー

    最後、怖い終わり方になってしまいましたね。
    要するに意図してこの状況が作って、維持している人たちがいるということです。
    そして残念ながらそれが義務教育だということです。

    中身はどうであれ、時間を割いていれば教育を受けさせる義務を全うしているということです。

    我々ができることは学校教育に頼らない、学校教育を疑うと言うことでしょうか。

    早く教育の在り方を変える動きが広がってほしいです。

    • yuri より:

      コメントありがとうございます。
      私もこの話は聞いたことがありました。ただどこまで信憑性のある話なのかはわかりませんでしたが・・・。
      戦後~数年間ならいざ知らず、現代になってもなお、それを維持しようとする意味が分かりませんね。もし本当にいまだにそんな人たちが、日本の社会の中枢を牛耳っているんだとしたら、一度言い分を聞いてみたいものです。

      学校教育に頼らない・・・というのは一部の余裕のある人にしかできないことだと思います。なんとか、せっかくのこの義務教育という誰もが公平に受けられる教育制度の下で、日本の子供たち全員が真に高い教育を受けられる、そんな中身にしてもらいたいと切に願っています。

  3. たか より:

    長くなるので分割します。

    ーーーー
    GHQと言えばアメリカの管理組織ですので、英語を教育することは本来大得意です。
    それまで多数の植民地を支配、教育し労働力としてきたのですから。

    しかし、占領を進めていく中で、日本の根強い文化、人間性によって、容易な支配が困難だということがわかってきます。
    その上、朝鮮半島で戦争が始まってしまいまい、時間をかけられる状況ではなくなってしまいました。

    そこで、違う手段に出ることにしたのです。

  4. たか より:

    初めてこちらを拝見させていただきました。
    とても鋭い指摘だと思い、日本の英語教育に改めて愕然としました。

    ちょっと固っ苦しいコメントになるかも知れませんが、現在の状況に至ったのには『訳』があると思います。

    日本の教育は戦前、戦後で大きく変わりました。
    戦前は江戸時代~明治~大正~昭和20年と激動の中で文明開化、西洋化、国際化が進み、いち早く他国と交流し文明を発達させることが求められました。
    これにより外国語教育が発展し、外国語の文献を読み漁り、様々な技術を取り入れ自動車、飛行機、電話なども作れるようになったのです。
    (これ、終戦までの70年間の出来事ですよ)

    しかしその後、日本は敗戦し学校教育はGHQに委ねられたのです。